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TAO庵 庵主
羽賀三輔雄
●1951年(昭和26年)誕生
私がこの世に生を受けたのは、1951年(昭和26年)の夏のことです。
終戦から6年後に生まれました。
その頃の記憶はあまりありませんが、なぜか父が木のたらいに私を入れて入浴(沐浴?)させている光景が浮かんできます。
こんなエピソードがあったそうです。
近所のおばさんが、母におんぶされている私に話しかけました。
「今日は何食べたの?」
「カツを食べたのね」と、まだ言葉が満足に話せない私に代わって母が答えます。
「へぇ~、豚カツ食べたんだ。豪華だねぇ」
「豚カツではなく、ご飯にカツ節(といってもさば節ですが)かけて食べたんだよ」
母は身体が弱く、ある時入院することになってしまいました。
父は仕事が忙しく、やむなく私と妹を親戚に預けることにしました。
父の実家の次男の家に妹、母の実家に私が里子に出されたのです。
母の実家は農家で、私の遊び場は畑や田んぼでした。
父が私を引き取りにきたとき、私の手足は赤切れてひび割れ、顔は真っ黒、髪もボーボーだったということです。
それでも、家族みんながいっしょに暮らせる…その喜びはとても大きなものでした。
●潜在意識の存在を知る
『AICとは』でも触れましたが、家は貧乏、私も病弱、それなりに友達はいましたがイジメにあったりしていました。
このときの経験が、AICの『幸福の3本柱』につながっているわけです。
自分の性格を何とかしたい…
もっとお金が欲しい…
強くなりたい…
そんな思いが、私を導いたのでしょう。
あるとき書店で、『巨富を築く13の条件』という本に出会いました。
そしてその本には“潜在意識の力”ということが書かれていました。
わたしはその“潜在意識”という言葉と、書かれている内容に、強く興味を魅かれました。
これが、私が潜在意識のことを知った最初です。
●能力開発の実践
高校生のとき、とても欲しい物がありました。でもお金がない。
私は『巨富を築く13の条件』を本棚から引っ張り出し、そのテクニックを活用してみようと思い立ちました。
その結果、私は1円も使わずに欲しいものを手に入れることができました。
初めての、成功哲学の体験でした。
大学卒業間際のある日、私はネットワークビジネスに誘われ、卒業後もそこに入り浸り、とんでもない借金を作ってしまったことがあります。
そこでは週に1回、能力開発セミナーというものもやっていて、私は商売そっちのけで能力開発の勉強に没頭しました。
そして私はいつしか、能力開発の仕事をしよう…と思うようになっていたのです。
その後私は、さまざまなアルバイトをしながら能力開発の情報を集め、研究し、自分で試してみました。
ある能力開発の研究会にも、定期的に参加したりしていました。
アルバイト先では、売り上げを10倍にしたこともあります。
アルバイトではありましたが、社長はそんな私を気に入ってくれて、ほとんどのことを私に任せるまでになっていました。
給料も入社当時8万円程度だったのが、1年ちょっとで17万円以上になっていました(1975年ごろのことです)。
それまでに学んだことを実践して、職場で結果を出したわけです。
●AICの意味
そこを辞めたあと、私は京都に渡りました。
この京都時代にマクロビオティックや宗教(密教)、和尚、クリシュナムルティー、シュタイナー、グルジェフなどに触れることができました。
そして、アルバイト先で知りあった人たちとよく飲み、焼酎を片手に、人生を、夢を熱く語り合ったものです。
そのような集まりに、私は名前を付けたいと思いました。
そして決めたのが「AIC」です。
A オールマイティー = 全能で
I アイドラーズ = 怠け者の
C クラブ = 集まり
いつも体調や精神を整えていて、それにもかかわらずただただ平凡にすごし、イザとなったら能力を全開にして活躍する人でありたい…そんな気持ちを込めて名付けました。
●1980年(昭和55年)AIC設立
京都を後にした私は東京に戻り、友達が急病になった縁でマクロビオティックを学ぶ機会に恵まれました。
友達は、マクロビオティックの手当法で、3日で動けるようになったのです。
私は奇跡を見る思いでした。
そのマクロビオティックの仕事関係で知りあった人から声がかかりました。
能力開発の仕事をしてみないか、というのです。
私はそこで自律訓練法、交流分析、カウンセリング、ソンディー理論などの心理療法的なことを学ぶことができました。
そして1980年(昭和55年)、私はAICをやり始めたのです。
私はようやく、それらのことをすべて役立てられる仕事に就くことができたのです。
●ある霊能者のことば
私はAICをやり始めてから、それまで以上に勉強も修行もやりました。
瀧行をやったのもこの頃です。
若かりしころの貴重な体験です。
瀧行や断食以外にも、気功、導引、ヨーガ、整体、催眠、瞑想、神道…さまざまなものを学び、体験することができました。
それからしばらくして山形・天童に移転し、天童駅近くのビルを借り、AICの看板をあげることにしました。
そこで開催したあるセミナー終了後、霊能者の女性会員と次のような会話になりました。
「センセ、センセはエンライトするかもしれないね」
「エンライトって何?」
「覚醒することよ!」
「覚醒って何?」
「解脱っていえば分かる?」
「ホイホイ、それなら分かる」
このことがあってから、私の人生は大きく変わり始めたのです。
●師と霊能者のアドバイス
その後ほどなくして、私は妻と離婚することになりました。
『AICとは』で述べた通り、とてもつらい思いをし、そしてカルマというものを言葉ではなく、身体で知ることになりました。
今まで考えていた「能力を開発しさえすればすべてうまくいく」という信念はもろくも崩れ去ったのです。
カルマ…この言葉が私を新たな道にいざなっていくのです。
会員である霊能者の女性は、とんでもない霊の仕事をしている人でした。
宇宙とのチャネリング能力も抜群でした。
私もいろいろその世界のことを教わり、信じられない話をたくさん聞きました。
私にもっと真剣に聴く耳があればよかった…右から左に聞き流していたことを、今はとても悔やまれます。
仕事が大きくなり始めたころ、私は師と呼べる人と出会い、その教えを受けることができるようになりました。
しかし師の言葉はとても理解に苦しむのです。
そんなときは決まって、その女性霊能者に解説してもらいました。
この霊能者のことを、私は“もう一人の師”だと思っているほどです。
●ヒーリング生活館
2003年(平成15年)5月、AICは山形・天童から宮城・秋保という静かなところに移転しました。
ヒーリングショップもつくりました。
喫茶ルームも設けました。
この喫茶ルームは多目的に使えるようにし、セミナーや、健康・護身術教室なども行っています。
訪れる人たちが癒されるようにという願いを込めて、『AICヒーリング生活館』と名付けました。
さてさて、いかがだったでしょうか?
以上が私の歩んできた道のりです。
山あり谷ありの人生ではありますが、私の経験と悟りは、あなたの幸せを応援します。
あなたの人生途上に問題が生じても、致命的なダメージを受ける前に私のアドバイスが役立つのです。
そして深いレベルで癒され、クリアーしたものは、もう二度とくり返されることがなくなるのです。
最後に、私のこれまで書いた書籍を紹介させていただきます。
『成功回路は間脳に刻まれる』
『人生に奇跡を起こす間脳コントロール』
『チャクラ・イニシエーション』
『エンライト・ストーリー』
『虹のヒーリング』
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